アップルのデザインが手放しでもてはやされたのも今は昔…最近はイベントのたびに辛辣な声が大きくなっている気もします。2019年7月の、アップルデザイン統括ジョナサン・アイブ(ジョニー)退社のニュースは、その混沌たる現在の象徴のような言及も見かけました。そんな中、新型iPhone 11シリーズ発表では従来に増して拒否反応が目立ち、アップルへの不安に拍車をかける内容に。発売を迎えようやく、その声は多少落ち着きつつあるように見えます。
そんな今こそ、いちど俯瞰的に、ここ数年アップルがやってきたプロダクトデザインってなんだったんだろう?と振り返ってはと思います。他社に例を見ないほど戦略的にデザインされ、それを導いたジョニーの仕事とはなんだったのかが見えてきます。ちょっと、iPhone11への視線も変わるかもしれません。
意外に語られない、「スタイリング」のブランディング
アップルデザインのマネジメントについてはこれまでも散々語られてきましたが、マーケティング、エンジニアリング的な観点がほとんどで、スタイリング=形状そのものについて分析や言及しているのをあまり見たことがありません。
「統一感がある」「シンプルだ」など好意的に語るものの、具体的に、アップルデザインの何がそうたらしめているのでしょうか。
私たちファーイーストガジェットは、アップル製品のアクセサリーを開発しているだけに、アップル製品を常に観察しています。そこで今回は、プロダクトデザイナーの視点から見える、アップルのスタイリングにおけるブランディングにクローズアップします。
世界一ディテールを妥協しない企業
アップルのスタイリングを語る際欠かすことができないのは、そのディティールへのこだわりです。製品の設計にあたって様々な制約がある中、アップルのデザインは他社と全く別のレベルでスタイリングを行なっています。それはディテールを見れば明らかです。
例えば、iPhone の外形の中心点と、画面の中心点は完全に一致しています。
つまり上下左右で完全に対称形なのです。
また、画面の外形線は本体の外形線の完全なオフセットラインとなっています。
他社のスマートフォンと比較するとその違いがよくわかります。ただ画面を中心にレイアウトするということに大変な努力を伴うことが想像できます。
プロダクトデザインではこのような制約の中、少しでも違和感なく美しい処理を施す意図で「スタイリング」という言葉が使われがちです。しかしアップルは実現すべき形状を前提として、ときに製法や工程にまでデザイナーが入り制約を解決します。プロダクトとして最適な造形を施す意図での「スタイリング」の価値を、企業全体が重きと信じているわけです。
また、こういった対称性はのメリットは美観に限りません。例えば従来モデルから画面形状が変わったiPhone X以降にユーザーが違和感なく移行できたのは代表的な例です。ディテールへのこだわりは、UXにも良い影響を与えます。
ディティールのレベルで”韻を踏む”。
それが「Appleらしさ」
では、アップルのプロダクトからアップル「らしさ」が感じられるのはなぜでしょうか?その秘密は、造形の反復にあります。
ブランドをあらわす特徴的な造形(意匠)を各製品に施すのは、クルマなどを代表にどこのブランドもやっている古典的な手法です。しかしアップルは、そういったわかりやすい意匠に留まらず、もっと具体的で厳格な造形を随所に施しているのです。
実際、こんなところまで!と思うほどの一致があります。上は、MacBook AirとAirPodsケースの画像を同じ比率で重ねたもの。角アール(角丸)の大きさが完全に一致しているのがわかります。アールとは、R=radius(半径)、つまり角につけられる丸みのことです。とくに角アールという呼ばれ方をします。
また、AirPodsケースとHomePodを比較するとまた驚きます。製品のサイズは違うのに、シルエットはほぼ同じデザインがされていることがわかります。
ディティールで物語る孤高の
ブランディング
このようにアップルはあらゆる製品で同じ造形を繰り返し使用しています。
「アップルらしさ」についてビジョンや哲学といった概念でなく、具体的なオペレーションとして彼らは取り組んでいることがわかります。これはデザインチームの情熱だけでは到底実現できないもので、全社がデザインの価値を重んじるアップルならではの、誰も真似できない孤高のブランディングと言えるでしょう。
始まりはiOS7。
ソフトとハードの五感の統一
今日のAppleにたどり着くまでの変化はいつ起こっていたのか?読み取れるタイミングが2013年です。ジョナサン・アイブがそれまでのハードウェアに加えソフトウェアのデザインも統括し、UIを一新したiOS7がリリースされた年です。
このとき、フラットデザインが話題になりましたが、注目すべきはやはりディテールです。アプリの角アールの描き方がハードウェアでの造形処理を源流とする”アプローチアール”になったことです。
単純に直線をコンパスでつないだようなアール処理をすると、急激に面が変化することにより特に立体では不自然な印象になります。そこで放物線のように滑らかに曲率を変化させながら丸みをつける手法をアプローチアールといいます。当時、旧ブログでもジョニーの介入により、ソフトがハードとも垣根なくデザインされる時代が来たと言及しました。あらゆるデザインが1つのチームでコントロール可能になり、アイデンティティ統合の意思に拍車がかかっていった出来事といえます。
この2年前、2011年にスティーブ・ジョブズがこの世を去っています。ビジョナリーの喪失もこういった「Appleらしさ」模索の契機だったでしょう。今後誰が欠けたとしても伝承されていくブランディングのアプローチの1つとしてスタイリングに対峙するため、ジョニーを中心に据えたのだと予想します。
iOS7とともにリリースされたiPhone5cは外せないマイルストーンです。ジョニーの情熱とともにリリースされましたが商業的には成功せず、ここから「Appleらしさ」についてユーザーとも対話する旅が始まったといえるでしょう。
Mac ProとiPhone11も、ジョニーの
意思を受け継ぐプロダクト
さて、今回のiPhone11で一番目立つのはProの三眼カメラでしょう。
蓮の花みたいで気持ち悪いとか、ボトムズだとか世間では色々言われていますが…私はこのデザインを見たとき、何か既視感を憶えました。
もしや…と思い他の近頃のアップル製品の画像とiPhone11Proを重ねて見たところ、円の配置とその隙間の比率がほぼ一致することがわかりました。
配置自体は3つのレンズを最小限の面積に敷き詰めるという目的からすれば必然なので、これだけ見ると偶然の一致と思われるかもしれません。しかし、ここまで紹介してきた事例を踏まえれば、円同士の隙間(ピッチ)まで一致するのはやはり意図的なことなのでしょう。
取り上げたのはあまりにわかりやすい事例にすぎませんが、このようにディテールにおいてハード/ソフト間に続き、プロダクト間も従来以上に分け隔てなく整然とスタイリングされたシームレスさが「Appleらしさ」であり、今回注目されるべきポイントだと考えます。このリリースを前にジョニーは表舞台から去りましたが、培ってきたスタイリングの思想が、受け継がれていることを見届けたのでしょう。
ちなみに今の各部のディテールのベースにたどり着いたと言えるのは、やはりジョブズ亡き後のジョニーの作品、Apple Watchが節目です。Apple Watchも登場時強い拒絶反応がありましたが、いつの間にか広く受け入れられています。(ちなみに円配置はiPhone5c当時も壁紙にルーツが見られます)
イベント冒頭の動画を最後に振り返ろう
アップルデザインの価値はその前人未到の徹底ぶりにあることがよくわかりました。
直感の好き・嫌いも大切ですが、そこで終わらずにその背景や意思を想像してみると、もっとデザインは楽しくなります。また、アップルは道具としての手触りやスケール感を大切にしていることも欠かせません。実際に本物のiPhone11を目にして、評価が一変した方の声も多く聞きます。そんな体験を通してはじめて評価をすると、モノ一つから自分の世界はぐっと広がります。
最後に紹介したいのが、iPhone11発表会の最初に上映された動画です。ジョニーたちがした仕事はなんだったのか、端的に描いているのではないでしょうか。