FAR EAST GADGET MAGAZINE

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コラム デザイン探訪 製品開発リポート

個人がアリババで金型を作った話 ー タイプスティックスの裏話

今回は個人でAlibaba.com(以下、アリババ)経由で中国のメーカーに金型を発注した体験のレポートです。そこには「安さ」以上の「驚き」がありました。
この話はデザイン担当の私、白川が以前オフラインでデザイナーのお仲間にお話ししたところ予想以上に大好評だったので、タイプスティックスの新色発売を機に記事化することにしました。

はじめに ー タイプスティックスの開発

タイプスティックス

今回の金型発注は、「タイプスティックス」という、ファーイーストガジェットの最新プロダクトを製造するためでした。

タイプスティックス 製品ページ

タイプスティックスの開発裏話についてはこちらの記事をご覧ください。いやぁ…今見返してもとてもいい記事だ(自画自賛)。

HHKBで「尊師スタイル」をどこでも実現する新アクセサリー「Typesticks(タイプスティックス)」の開発秘話を公開!

通常、金型による製造というのは数千、数万個といった単位で製造、販売されるような製品に採用される手段です。遺憾ながらそんな販売力のない私たちファーイーストガジェットは、これまでの製品で金型を起こした経験はありませんでした。

しかし今回はあの、「トバログ」の鳥羽恒彰さんとの共同開発。なんとか数量が見込めるという判断から、金型を使った射出成型によるデザインに踏み切りました。

「アリババ」とは?

Alibaba.comのトップページ

Alibaba.com

アリババ国際サイトは、世界貿易B2Bのオンライン・マーケットプレイス。製品を持った企業(サプライヤー)がAlibaba.com上に自社のページを持ち、製品を掲載することで、世界のバイヤーへ自社製品を紹介、新たな取引先を世界中から探すことができる。広告媒体、マーケティングツールとしても活用することが可能。世界中の企業と情報交流を行うことで、世界に対してマーケティングリサーチを行うことができる。同業他社の価格や製品の品質などの情報を収集し自社の製品に反映したり、バイヤーとのコミュニケーションを通して新たな製品の開発のための意見を集めることができる。バイヤー企業は掲載されている製品を検索し、仕入れたい製品を見つけた際に、サプライヤー企業へサイト内のチャット機能、電子メールなどを利用して問い合わせを行う。その後、双方での取引交渉を経て、製品を売買する。インターネットを利用することで世界間で企業同士のマッチングができ、商社を通さずに輸出入を行うことができるため、中小企業の世界販路開拓支援を行っているサイト。アクセス数は月間60億PVを超え、そのうちの大多数が中国その他の主要製造国の売り手をサーチし取引を行う世界のバイヤーと輸入業者。アリババ国際サイトは、240余りの国家と地域から1,492万以上の登録ユーザーを保持している。

ウィキペディア

アリババは上記のように既成商品の売買がメインのようですが、実は製造委託などもできます。以前からネット上には個人でアリババで金型を発注する記事が散見され、なんてエキサイティングな時代になったものかと驚愕し、ずっと気にはなっていました。

当初は国内製造を検討していたものの…断念

生産数量は1000個程度を検討していました。いわゆる小ロット生産の規模で、普通に金型をつくったらとても採算が合いません。そこで通常の金型とは異なる、アルミ製のカセット型(簡易金型と呼ばれます)を検討していました。簡易金型は耐久性が低い代わりに、構造が簡単で製造コストが低く、小ロット生産に向いています。

当初は私が知人に紹介してもらった名古屋近郊の金型メーカー数社に見積を依頼しました。しかし簡易金型といえどもあと少し、コスト的に折り合いが付きませんでした。また、レスポンスの悪さも気になりました。はっきり言えばあまり儲かる案件ではないでしょうし、その上こちらは法人格でもない個人事業主ですから、そういった要素に難色を示されたのかもしれません。

そんな折、プロモ担当(ギーク担当でもある)竹内からアリババ経由での中国メーカー発注の提案がありました。英語でのやりとりや取引慣習の違いなど不安はありましたが、英語なら今どきDeepL翻訳もあるし、やってやれないこともない。しばらく踏ん切りがつかずいたずらに時間を消費してしまったこともありましたが、もはや他に選択肢はありませんでした

アリババは驚きの安さ&スピーディー

アリババには見積もり依頼の機能があります。こちらから業者を選んで声をかける形ではなく、最初にこういうものを作りたいとポストします。すると、すぐに4社から見積もりの提案を受けました。驚きのスピード感です。そして費用感は、正直いって国内とはまったく比較にならないほど安かったのです。それも簡易型ではなく何万個の製造にも耐えられる本金型で!製品化の目途が立った瞬間でした。ちなみに回答をくれたOEMメーカーはどれもシンセンのとなり、ドンガンという地域にある会社でした。

アリババのチャット画面。黒モデルをつくるなら型を磨く必要があると提案してくれているところ。

チャットでのやりとりなので業者からの回答は非常にスピーディーでした。逆に、こちらは2人で相談しながら、DeepL翻訳で英訳しながらなので著しくレスポンスが悪く、”Oh, Japanese company.”と思われたに違いありません(笑)。また、夜でも休日でもリプライしてくれるのでサービスの良さに本当に頭が下がる想いでした。こちらはどこの馬の骨ともわからない信用のない個人だというのに。

4社と仕様の確認や価格交渉をした上で、最終的に一番安い1社に絞りました。そこまでのやり取りだけでもかなり担当者の労力=コストがかかっていると思われます。ただでさえおいしい案件ではないだろうに、皆「もし決めたメーカーで満足できなかったらまた声をかけてください」という気持ちのいいお返事。中国企業の勢いに驚き、そして国内の業者との差に暗澹たる思いを抱く体験でもありました。

一番の驚きはサービスのクオリティだった

いかに安いと言えど、安かろう悪かろうと言うように、当初はクオリティの面では不安に思っていました。しかし、やりとりを進めていくうちにそんな不安も次第になくなっていきました。細かい指示もしっかり聞いてくれるし、CADデータの修正も先方で引き受けてくれる。さらには懸案だったマグネットの取付まで向こうからインサート成形を提案してくれました。しかもお値段据え置き…すごくちゃんとしている!

後々のことですが、国内の金型メーカーに詳しい方数名にこの話をしたところ、そこまで提案力のある国内メーカーは自分たちの知ってる限りでは見たことがないとおっしゃっていました。とくに中部地方は自動車メーカーが擁する巨大サプライピラミッドが構築されているだけに、ある一点において深いノウハウがあってもその他については対応できない、まして金型メーカー側から提案するなんてことはほとんどないようです。
仮に国内メーカーで価格が合っていたとしても、ここまでスムーズに進むことは絶対なかったでしょう。

言葉の壁は致命的なミスになることも…

できるかぎりビジュアル化して伝えるようにはしていましたが、もともと専門用語が多く、一般の人にも通じない言葉を英訳するのは難しかったです。まったく伝わらず一時間やり取りし続けることも何度かありました。場合によっては出来上がってから思っていたのと違うという致命的なトラブルも起きかねないなと感じました。

その他にも、支払いや輸入、関税のことなど知らないことがたくさんあるので都度ググって勉強でした。
アリババ上でオファーを出した後、何件か直接弊所に営業のメールが届きました。日本国内向けに日本人スタッフが対応することを売りにしている中国メーカーでした。やはりコミュニケーションや輸入にハードルを感じている発注元が多いのでしょう。

量産品は無事に仕上がった…のか?

待ちに待ったファーストロットが届きました。事前に量産前のトライ品(量産前に綺麗に成形できるように調整する際につくる成形品)もチェックし、問題ないことを確認しています。
…が!いざ量産品を検品をしてみるとキズ、汚れ、不純物の混入、マグネットのズレなど本来検品で不合格になるクオリティのものが少なくない数混ざっていました。予備もあったのでなんとか1000個確保できたものの、なかなかにピリつく展開です。

タイプスティックスの不良品の一部

その後改善を要求し、都度了解し対策を考えてくれるものの、まだ完璧と言えるところまでは至っていません。やりとりしているのは幹部クラスの大変優秀な方とお見受けしますが、現場の作業をしている人たちにまでその意識はなかなか浸透していないのではないか、と想像しています。

じゃあ国内生産に切り替えるかと言うと、中国生産のメリットがどう考えても圧倒しているのが現状です。私たちもできることなら国内にお金を回したいと思っているんですけどね…。

タイプスティックスの新色&限定色が出ました!

タイプスティックスは、なんとあのHappy hacking keyboardでお馴染み株式会社PFU様のオンラインストアでもお取り扱いいただいております。今回そのPFU様からのリクエストで、タイプスティックスのカラーバリエーションを製作することができました。当初からご要望の声が多かった「ブラック」と「グレー」の2色です。ブラックはPFU様先行販売、グレーはなんとPFU様限定となっています!

タイプスティックス TS02(ブラック)
タイプスティックス TS03(グレー)

質感が高い塗装によるマット仕上げ

実は、ホワイトモデルと単に色が異なるだけではありません。ブラックとグレーはマット塗装仕上げで質感がググっと高まりました。
実は、同じ仕上げをしていても色によってその印象は大きく変わります。今回、新色を開発するにあたって樹脂着色の試作も試しているのですが、やはりブラック、グレーの樹脂感はホワイトに比べると悪目立ちしていました。当然製造コストは跳ね上がりますが、納得いくものができなきゃしょうがないという想いで塗装仕上げに踏み切りました!

ぜひ実物をお手に取ってみてください。

・新色ラインナップ
TS02(ブラック)
TS03(グレー)

・発売日
2024年4月18日

・販売ページ(PFUダイレクト)
TS02
https://store.shopping.yahoo.co.jp/pfudirect/pz-ts02.htm
TS03
https://store.shopping.yahoo.co.jp/pfudirect/pz-ts03.html

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愛知名古屋で活動するプロダクトデザイナー。家電、スーツケース、蛇口、コンピュータ周辺機器、クレーンなど幅広い分野を経験。